子どもの『やりたい』を、どこまで応援できるんだろう

子どもの『やりたい』を、どこまで応援できるんだろう — ミナギの記録日々のこと

最近、子どもたちが英会話を始めた。

習い事として英語は人気らしいし、これから先、英語を話せることが役に立つ場面もきっと多いと思う。

妻も英語を話せるようになりたいと思っていて、子どもたちにも話せるようになってほしいという気持ちがあるんだと思う。

そんな僕も最近は、通勤中にNHKゴガクの「基礎英語 レベル1」を聞き流している。

英語が上達している実感は、まったくないのだけれど……。まあ、自己満足でもいいから続けている。

だから僕も、できることなら子どもたちには英語を話せるようになってほしい。

ただ、「今じゃなくてもいいんじゃないかな」とも思っている。

英語を学ぶ前に、まずは日本語で文章を読んだり、書いたり、自分で考えたりする力を身につけてほしい。

だから、無理に英会話を習わせなくてもいいんじゃないか。

そんなことを考えていた。

とはいえ、実際に通い始めた子どもたちは、英会話を楽しんでいるらしい。

それなら今は、このままでいいか、とも思う。

親がきっかけを作って、子どもが実際にやってみて「楽しい」と思えている。

それはそれでいいのかもしれない。

もしそのうち「もう楽しくない」「別のことをやりたい」と言うようになったら、まずは理由を聞きたい。そのうえで、納得できるなら辞めてもいいと思っている。

少なくとも、「将来役に立つんだから」という親の思いだけで、嫌々続けさせる必要はない。

「野球をやりたい」

そんな中、最近、長男が野球をやりたいと言い始めた。

これは英会話とは少し違う。

親が勧めたものではなく、自分から興味を持って「やりたい」と言っている。

僕としては、できるだけやらせてあげたい。

でも、その「やりたい」にも、僕の影響はあるんだろうな。

僕はプロ野球のシーズン中、見られるときはだいたい贔屓チームの試合を見ている。

長男が野球をやりたいと言い出したのも、その影響があるような気がしている。

そう考えると、子どもの「やりたいこと」って、どこまでが本人の意思なんだろう。

習い事は、なるべく本人がやりたいことをやらせてあげたい。

でも、それも思っていたほど単純じゃない。

妻は、長男が野球を始めることにあまり乗り気ではない。

野球そのものが嫌というより、保護者同士の付き合いや練習着の洗濯、送迎など、親の負担が気になるみたいだ。

最初は、

「本人がやりたいって言っているんだから、やらせてあげればいいのに」

とも思った。

でも、よく考えてみると、やりたい気持ちだけで決められることでもない。

僕が「やらせてあげよう」と言ったところで、僕一人で、必要なことを全部引き受けられるわけではない。

仕事もある。

送迎もある。

洗濯もある。

チームによっては、保護者同士の付き合いや当番もあるかもしれない。

始めるなら、夫婦でどう分担するかを考える必要がある。

それなのに、「子どもがやりたいんだから」という理由だけで妻を説得しようとするのも、なんだか違う気がする。

かといって、親の都合だけで子どもの「やりたい」を諦めさせるのも、それでいいのかなと思う。

夫婦で喧嘩をしてまで始めることでもない。

でも、子どもにはやりたいことをやらせてあげたい。

今は、その間で迷っている。

誰のための習い事なんだろう

こうして英会話と野球を並べてみると、少し不思議だ。

英会話は、どちらかといえば親の「やってほしい」から始まった。

野球は、子どもの「やりたい」から始まろうとしている。

それなのに、英会話には通っていて、野球は始められないかもしれない。

もちろん、そこにはお金や時間、親の負担など、いろいろな事情がある。

だから、どちらが正しいとか間違っているとか、簡単には言えない。

そもそも、子どもの習い事から親の思いを完全になくすことなんて、できないのかもしれない。

僕だって、「まずは日本語で読む、書く、考える力を身につけてほしい」と思っている。

これだって僕の価値観だ。

子どもに「好きなことをやっていいよ」と言いながら、実際には親が選択肢を用意している。

お金を出すのも、送り迎えをするのも親だ。

そう考えると、子どもの「やりたい」をすべて叶えることは、きっとできない。

じゃあ、どこまで応援するのか。

親はどこまできっかけを作って、どこから子ども自身に選ばせるのか。

まだ自分の中で答えは出ていない。

ただ、ひとつ思うのは、親がきっかけを作ることと、親の考えを押し付けることは、同じではないということ。

いろいろなものに触れる機会は作ってあげたい。

その中で子どもが「これが好き」「これをやってみたい」と思ったものは、できる範囲で応援してあげたい。

現実には、それすら簡単じゃないのだけれど。

長男の野球をどうするのかも、まだ決まっていない。

この先も「やりたい」という気持ちが変わらないなら、やらせてあげたいなと思う。

僕自身が野球好き、というのもあるけれど……。

数年後にこの記事を読み返したとき、自分はどんな答えを出しているんだろう。

今はまだ、考えている途中だ。

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